廃墟的絶対静寂空間

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泉州の近場散策>>お菊松

[85] お菊松

20100725 13:10:31


 お菊松-1
 GoogleMapで泉南市の山側に、「お菊松」という場所が現れるので、
これは何だというので行ってみた。
 (注:現在はなぜか表示されない。)

 JR阪和線「新家」あたりから登ることになる。
 まずは、その途中にある「大阪総合射撃場」。

 ライフルの射撃場です。
 お菊松-2
 そこを通り越して、山側に林道を進む。
 秋の山
 お菊松-3
 見晴らしのいいところに出た。
 空港と、最近できた大型ショッピングモール、イオンモール、りんくう泉南店。

 お菊松-4
 林道わきに小さく掲げられたお菊松の道標。

 お菊松-5
 このような山道を進む。
 秋なので、松茸のシーズン。右は松茸も取れるらしく、ひもが張られ進入禁止となっている。
 お菊松-6
 お菊松に到着。
 石碑があるだけだった。

 お菊松-7
 帰りに見かけた山中の道標。林道を通らず、新家から直接登ってくる道もあるようだ。

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泉州の近場散策>>お菊松

[86]紀泉わいわい村~堀河ダム

20100725 13:29:47


紀泉わいわい村~堀河ダム-1
 お菊松の林道を和歌山側に抜けると、あったのが「紀泉わいわい村」というところ。
 どうも大阪YMCA関連の施設のようだ。

紀泉わいわい村~堀河ダム-2
 何かイベントがあったのか、テントが張られている。
紀泉わいわい村~堀河ダム-3
 奥には小さな家が並んでいる。
 宿泊用か。

紀泉わいわい村~堀河ダム-4
 風吹峠側に戻ると、堀河ダムがある
紀泉わいわい村~堀河ダム-5

紀泉わいわい村~堀河ダム-6
 赤い鉄橋が郷愁をそそる。

紀泉わいわい村~堀河ダム-7
 排水溝、というのか? その上からの眺め。
 ウォータースライダーと思えばよろしい。

紀泉わいわい村~堀河ダム-8
 ダムの看板。
 ここも大阪みどりの百選らしい。


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泉州の近場散策>>泉佐野 町場

[87]りんくうタウン~町場 

20100725 14:36:58


りんくうタウン~町場 -1
 泉佐野のりんくうタウンは、関西空港ができたときに、埋め立ててできた土地であり、借金の源ともなってはいるものの、新しい町である。
 またそこと隣接している、南海泉佐野駅から海側にかけての地域は江戸時代に商家として栄えた地域で、いまでも迷路のような路地に古い家並みの残る地域となっている。
 いわばこの地域は古い町と新しい町とが隣接する興味深い幾であることがわかる。

 今回は、そのあたらしい側のりんくうタウン側から、町場のほうに迫っていきたい。

 まずはりんくうタウン駅近くのワシントンホテルと、その手前の像。


りんくうタウン~町場 -2
 背後の高架橋はいわゆる、りんくう道と言われ、高速道路、および、JR,南海の鉄道の路線となっている。南海は泉佐野駅、JRは日根野駅に通じている。


りんくうタウン~町場 -3
 ワシントンホテルと、りんくうゲートタワービル。

りんくうタウン~町場 -4
 その、北側にある、泉佐野病院

りんくうタウン~町場 -5
 海のほうに行くと、海上保安庁の船が、
りんくうタウン~町場 -6
 阪神高速、泉佐野南出入り口

りんくうタウン~町場 -7
 道の脇の紅葉。
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廃墟>>友ヶ島 - 和歌山市

[88]友ヶ島 其の参 弾薬庫跡

20100725 23:53:50


友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-1
 建物の裏側に回ってみる。
 多分これは、兵の宿舎ではなかったろうかと思っている。
 全員が砲台跡の狭い部屋に寝泊りしているとも思えない。食料の持ち運びも面倒だ。
 全体的にはここに集まっており、見張り役が順次入れ替わって各所砲台のほうに出向いていってたのではないかというのが、憶測だ。

 裏側もしっかりと、窓は閉じられている。
 いや、2つ目の窓がわずかに開いている。
 まあ、中に入って何があるとも思えないので、進入はやめておく。

友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-2
 さて、そのまま海沿いを少し行くと、海沿いの道が、がけ崩れか何かで進入禁止になっていた。
 このまま第二砲台、第一砲台と海側を回る予定だったが、変更を余儀なくされる。
以降立ち寄られる方は注意が必要だろう。
なにせ、桟橋近くの広場でも、休憩の屋根の付いた建物は崩壊のため立ち入り禁止になったまま何年も放置されているので、この道の復旧もすぐに行われるかどうかはわかったものではない。
この道が断たれると、第二砲台までへの道はかなり遠回りになる。

 山側に上る道があるのでそちらから回るしかなさそうだ。

 その山側への分岐。
 神棚があるが、これも当時からものもだろうか?

友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-3
 この道を登ると左側谷の下に何か建物が見える。
 調度、先ほどの兵宿舎をもっと奥に入ったあたりになるのだが、どういう建物かよく分からない。
 GoogleMapでも何らかの建物の印がある。
 それはさておき、登ると、写真のようなただならぬ入り口が見える。
 これが第五砲台かと思い入ってみる。

友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-4
 何かが建っていた跡。

友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-5
 いかにも先に何かありそうな道。

友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-6
 こんな建物があった。
 これは、SMAPの特番で中居君の出ていた番組で弾薬庫(火薬庫?)と紹介されていた施設だ。
 このTVを見るまでこの施設はぜんぜん知らなかった。

 あまりネットでも紹介されていない。まあ、第五砲台の付属的なものなので、あまり取り上げられないのか?

友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-7
 火薬庫というくらいだから、もともとは、この煉瓦の土台の上にも先のような木造の建物が覆っていたのであろう。

友ヶ島 其の参 弾薬庫跡-8
 木造部分に寄ってみる。
 なかなか大きな建物である。

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廃墟>>友ヶ島 - 和歌山市

[89]友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台

20100726 23:08:17


友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台-1
 足場の煉瓦のアップ。
 こういうアーチ状にすることで、地面からの湿気から砲弾を守ったのか?
 火薬単体ならまだしも、砲弾となると、かなりの重さのはず、それを支えるのは木の柱では足りなかったのだろう。

友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台-2
 木の柱の残った、右側部分
 一応右側には扉らしきものがある。
 なぜこの部分だけ残ったのか?
 

友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台-3
  弾薬庫のエリアを抜けて少し登ると、道しるべと、例の煉瓦の柱、そして、その向こうに小さな建物。
 第五砲台はすぐそこである。

友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台-5
 第五砲台エリア。道側からの撮影。

友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台-6
 砲台跡で頻繁に見かけるこういう部分を「棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)」というらしい。
漢字だけでは読み方も分からず困るのみなのだが、読み仮名があると意味が分かる。
つまり「掩蔽(ほぼ隠蔽いんぺいと同じ意味)して棲息(ほぼ生息と同じ意)する」ような場所だということだ。平たく言えば隠れ家か。

 ただ、掩蔽は隠蔽の単純に見えなくするだけでなく、敵の攻撃に耐えうる必要があるので強度が必要となる。そういう意味では、よく言う防空壕も棲息掩蔽部の一種なのだろう。

 


友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台-7
 砲座のあった土台の側面。
 一時的に砲弾などを置いたそうだがこういう部分の名称もどこかで見た気もするが、結局分からなかった。

 現在は砲座の変わりになぜか、コンクリートで囲まれた給水塔らしき物が。

友ヶ島 其の四 弾薬庫跡~第五砲台-8
 もう一つ置くの砲座エリア。
 こちらは上は平らだ。

 階段なども木の葉や土砂がが堆積している。

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