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■廃墟>>貝塚 結核病棟
[105]結核病棟 其の弐
20100815 14:34:21

二階の金網は何だったのだろうか?

こちらは二階建ての学校風の建物で、おそらくこちらが入院棟だったのだろう。



あちこちのドアにSECOMのシールが張られている。
正面に、二階への階段が見える。

二階といっても屋根はなく、クーラーなどのメンテナンスエリアだと思う。
正面の3つの窓。
デザイン的には少し凝ったものになっている。

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| name | comment | date |
| 記号士 | おお、そうでしたか。最近模型店って少なくなりましたね。是非伺わさせて下さい(^ ^) | 2012/10/15 19:05:01 |
| ひがし | すでに40年過ぎましたが、今となっては、ただ懐かしいです。 今は模型店を経営してます。 | 2012/10/05 23:26:51 |
| Θ記号士Θ | たまに行きますが、どんどんブッシュ化していきますね。 | 2012/10/03 14:23:10 |
| ひろむ | 懐かしい 自分は昭和45年前後そこに入所していました | 2012/10/02 09:32:37 |
■廃墟>>貝塚 結核病棟
[104]結核病棟 其の壱 プロローグ
20100815 14:23:38

貝塚の廃墟といえば有名な一龍旅館のあるところで、この廃病院はその一龍旅館からもそれほど遠くないところにある。
すでに解体などされていないか気にはなったが、GOOGLE MAP上ではその存在を確認できたので出かけてみた。

本来の入り口は、右上の方のこの病院へのほぼ専用の道からではあるが、まずは、下の農道の方から入ってみた。
写真はないが、全面柵に覆われており、かなり大きな施設であることがわかった。

意味ありげな門。

どう見ても使っているようには見えない。
がしかし、事務所的なところには蛍光灯も付いていて、人の気配はある。
このとき、この建物を、病院だと思っていたが、地図との位置がどうも合わず、実はこの道の突き当たりにあった柵のさらに奥が結核病棟であることがわかった。
この建物は、その病院の手前にある養護学校のものである。
しかし、その柵の前には自動車が止まっており、管理人などだと面倒なので、恐らくはお役所仕事。5時を過ぎれば帰るだろうと、5時過ぎまで時間をつぶすことに。
この際、近くを散策し、別の施設を発見したのだが、それについてはまた後ほど・・・

養護学校手前のかなりの面積を持つ空き地。
元々何かに使われていたのか、何かをしようとして頓挫しているのか。
勿体無いといえば勿体無い気もする。

しかし何もない。上空写真によると、この場所は陸上トラックが見え、グラウンドであったようだ。
この結核病棟(正確には「大阪市立少年保養所」)、および、この養護学校(大阪市立貝塚養護学校)については、wikiの「大阪市立貝塚養護学校」の項に詳しいようなのでここでは割愛する。

先ほどの車の姿はもうなかった。
ここから右に曲がると、病院があるはずである。

かなりの規模である。
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| name | comment | date |
| 人形 | ガイアさんのおっしゃる通りのようですね。 他ブログに内部侵入の動画もアップされてました。 セコムとの契約切れでしょうか?管理者側に何かあったのは間違いないようです。 こうなると、荒しが心配ですね・・・大切に保存される事を願います。 |
2013/06/02 19:41:17 |
| ガイア | お久しぶりです^ ^ この結核病棟....なんと解錠されていてwellcome状態です。もうこんな情報遅かったですかねσ^_^; 中にも入れますしほぼ全て見て回ることが可能です |
2013/06/02 06:39:58 |
| yuma | 住所おしえてくれませんか? 場所がわからない。 |
2013/04/16 06:57:25 |
| 卒業生 | 返事ありがとうございます いえ、返事してもらえたので 削除はしなくてかまいません 丁寧に書いてくれた ので…w 変なはなし私も 懐かしさと複雑ですが 和ませてもらえたので… ありがとうございます また私の知る範囲なら 貝塚のこと教えますwww |
2012/11/12 18:32:49 |
| Θ記号士Θ | ご意見ありがとうございます。 この学校や病院で救われたという方のご意見よくわかりますし、事実そうだったと思います。学校や病院自体が悪いということは一切書いていません。むしろそうして人に役立ち、市民、府民の税金によって作られた施設が、突然未使用になり、その後も再利用も解体もされず放置されているという実情に、釈然としない思いを思いを持っています。 それでも気になるようでしたら学校の写真は削除させていただきます。 |
2012/11/12 08:41:48 |
| 卒業生 | 貝塚養護学校の 2007年の卒業生です 確かにスポットや そうゆう噂ききましたけと あまり冷やかしとか興味本位 などでなら貝塚の 校舎さらさないで 下さい わたしの中で 貝塚は救われた場所です 本当に大好きな学校です なのに教育委員会かわからないけど 廃校にされ悲しいんです。 母校をこんな風にされた 卒業生の気持ちも考えてから 行動や言動に入って欲しいです。 長い文章で失礼しました |
2012/11/12 03:10:18 |
| Θ記号士Θ | 配置がよくわかりました、ありがとうございまし た。 |
2012/02/06 01:43:56 |
| ひがし | 私の入所していました昭和43年頃は渡り廊下の下を通 るのがメイン通りで渡り廊下までの左右に小児結核病 棟、潜ると右側が小児喘息病棟、左側が診療所で右側の 奥は食堂です、病棟と池の間には運動場でした。 |
2012/02/04 13:53:51 |
| Θ記号士Θ | 廃墟界?では一般に結核病棟と呼ばれているので そうしていますが、それはかなり前の話で主に喘 息の病院だったようですね。病棟から奥の池まで の間は少しスペースがあるようですが、中庭とか 運動場とかあったのでしょうか? |
2012/02/03 01:42:11 |
| ひがし | 懐かしい、入所していました、雑草で覆い尽くされた建 物は小児喘息病棟です。 |
2012/01/31 16:25:28 |
| Θ記号士Θ | やっと行けたのですね^^ 中は入れないでしょうね。セコムのシールもあり ますし。この時期は雑草で大変でしたね。 |
2011/08/28 19:18:21 |
| ピエトロベレッタ | 先ほど貝塚結核病棟に行って参りました! 内部侵入は無理でしたが外周だけでもすごかったです ただ若干植物が多く大きなハチもいたため帰り道苦労しました |
2011/08/28 09:20:03 |
| そうですか どうもありがとうございますm(__)m |
2011/08/25 20:24:07 | |
| Θ記号士Θ | 場所を間違いえられたのではないでしょうか? 今日、散歩がてらに行きましたがありましたので ご安心ください。 |
2011/08/25 20:00:31 |
| ピエトロベレッタ | こんにちは こないだ知り合いの方がこの結核病棟に行かれたそうなのですが残念ながら発見出来なかったそうです… 私もそのうち行こうと考えていたのですがもしかすると取り壊されたのかもしれません… |
2011/08/25 14:44:14 |
■廃墟>>和歌浦
[103]和歌浦探索 其の参 雑賀崎漁港
20100815 01:19:03

ここで目立つのがこの建物。
旅館だったのか、アパートだったのか、わからないが、窓が木で塞がれ、非常に廃墟っぽい。

人が住んでいるかどうかは不明。

一階はラーメン屋だったのか。
二階以上は窓もないが、工事半ばで終わったのか、廃墟になって取り除かれたのかは不明。

あまり潜入してみる気にもならないが・・・

恐らくは、この左隣の丘の上に有名な「宇宙回転温泉」があったのだと思う。
そこは今は草の原となっている。
そしてこの旅館は、「魚又楼」(うおまたろう)というらしい。

どう見ても営業しているようには見えない。

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■廃墟>>友ヶ島 - 和歌山市
[102]]友ヶ島 其の七 第一砲台
20100814 13:17:19
![]友ヶ島 其の七 第一砲台-1](img/0596.jpg)
![]友ヶ島 其の七 第一砲台-2](img/0597.jpg)
その裏手に、第一砲台への案内が。
![]友ヶ島 其の七 第一砲台-3](img/0598.jpg)
背は高くはないが、結構大きい。
ここで少し小休止。
とにかく熱くて、横の建物の影て上半身裸になって、汗が引くのを待つ。
![]友ヶ島 其の七 第一砲台-4](img/0599.jpg)
航空用の電波等らしく、関西空港ができたときにできたらしい。
確かに、東京方面から関西空港に入際は和歌山上空を回りこんでいくので、飛行機はよく通っているはずではある。
![]友ヶ島 其の七 第一砲台-5](img/0600.jpg)
窓から出た煙突は、他サイトでも明確な情報はなく現在のところ、この施設の中が何であったかは謎である。
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■廃墟>>友ヶ島 - 和歌山市
[101]友ヶ島 其の六 灯台へ
20100807 11:45:31

東映のようではないか。
ここから、島最西の山の上に灯台および、第一砲台跡があるので、上る。
写真のようにかんかん照りのいい天気なので、山の上り下りで汗だくになる。

道は当時のものだろう。石畳で舗装されている。
調度対岸の深山砲台跡へ続く道と似ている。


地面にあった、なにやらボルト。
ここにも何か建物があったのか?

先の火薬庫も同であったが、島全体に、シソが生えている。

入り口は鉄柵で覆われていてここから中には入れない。
どうしても入れなければ乗り越えるのは可能だが、まずは全体を見て、別の入り口を探してみる。

左手に、別の入り口らしきものが見える。
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