カテゴリー[廃墟>>] ▼新しい順
(▲古い順で再表示)
■廃墟>>友ヶ島 - 和歌山市
![]◆友ヶ島 其の十 第一砲台 北側-1](img/1106.jpg)
![]◆友ヶ島 其の十 第一砲台 北側-2](img/1107.jpg)
通路下の棲息掩蔽部。木の板で封鎖されている。
おそらく内部の崩壊などが進んでいるのだろう。
![]◆友ヶ島 其の十 第一砲台 北側-3](img/1108.jpg)
ここもブロックなどで閉鎖されているようだ。
こちらの方は東側の施設は存在しなかった。
その先に、上のおそらくは砲台のあった部分に通じる階段。
そしてその奥に、南側にもあったような小さい目のトンネル。
![]◆友ヶ島 其の十 第一砲台 北側-4](img/1109.jpg)
さらにその右側にも階段がある。
まずはこのトンネルに入ってみる。
足元には水がたまり、中は真っ暗である。
![]◆友ヶ島 其の十 第一砲台 北側-5](img/1110.jpg)
が、相乗以上に石が多い。正面の丸い穴から崩れ落ちらものだけではないと思うのだが、どうなんだろうか。
正面の穴は、空気口か、伝声管か。
![]◆友ヶ島 其の十 第一砲台 北側-6](img/1111.jpg)
崩れずにどこかに通じているようだ。
下に続いているが、もしかして第二砲台まで続いていたのか?
![]◆友ヶ島 其の十 第一砲台 北側-7](img/1112.jpg)
にほんブログ村廃墟ランギング参加中 他の廃墟ブロクも見れます。
■廃墟>>弁柄工場

弁柄(ベンガラ)は赤の染料のことを言うらしいが、もともと原料がインドのベンガル地方でとれたことから、日本ではオランダ経由で「ベンガラ」となって伝わっている。よって弁柄は当て字である。
また、岡山にはこことは別に、よく「サンドロ」と呼ばれているところもある。
この二つについてはあまり場所などが公開されておらず、どちらのことを言ってるのかまぎらわしいこともあり、場所を調べるのに少々てこずったのではあるが、一応両方とも場所の特定はできた。というかおそらくこれだろうなというところまでではあるが。
ただし、「サンドロ」の方は、再利用で新しくなっているようだ。
岡山にはこの弁柄工場が複数あり、「ベンガラ館」として保存されているところもあるようだ。

川沿いの2車線の道からそれるような形で山側に分離しており、そこを上がっていく。

うん。間違いない。訪れたかった弁柄工場はここで間違いではなかったようだ。

わざわざここを登らなくても道の先から入れそうだ。

訪れたのは今年の10月であったが、猛暑の今年は、秋になってもなかなか気温が下がらず、この日も真夏のような暑さであった。

思っていたよりも大きな施設だ。
潜入し甲斐もあるというものだ。

地方のためか、廃墟といっても場所があまり明かされていないためか、立ち入り禁止などの看板もなくロープもなくそのまま普通に入れる状態になっている。
手前は広い目で、荷の積み下ろしなどをしていたのだろうか。
奥には上から流し込まれた材料を何とかして、ああしてこうして何かをする施設が並んでいいる。

にほんブログ村廃墟ランギング参加中 他の廃墟ブロクも見れます。
■廃墟>>友ヶ島 - 和歌山市

窓も堅く覆われて、一切内部の様子をうかがうことはできない。

柵に覆われているが、ここは、この灯台にたどり着いたときに外側から見えていた部分である。
左に何か使用していない看板が置かれているようだ。


ここもコンクリートブロックで徹底的に固められており、内部をうかがい知ることはできない。
しかし、手前に置かれたものは、なぞではあるが、半鐘であった可能性もあると思われる。
いわゆる「敵機来襲!敵機来襲!」といいながらカンカン鳴らすあれだ。
その上の鉄棒は、それを釣っていたものなのか? ならここは通路ではなかったのか?
どうも構造に納得がいかないのだが、今となっては調べようがない。

左側にも棲息掩蔽部らしきものが見えている。
ここがこの基地の最南端に当たると思われ、この棲息掩蔽部は、その上にある左翼の観測所と通じていたものと思われるが、今回は、南側にも観測所があることを知らなかったので残念ながら訪れられていない。
右翼観測所は後に訪れることになる。


海側に続く部分にあった伝声管。
この先の場所は、調度日本の子午線(東経135度)が島の西側に通っているため、記念?の公園になっている場所になる。

地下施設の換気口だと思うが、普通は雨などが振り込むので、鉄の屋根が付いていたりするが、それは取り去られたのだろうか。
にほんブログ村廃墟ランギング参加中 他の廃墟ブロクも見れます。
■廃墟>>友ヶ島 - 和歌山市

灯台の近く、第一砲台にいよいよ潜入というところ。
これは上のほうに上がる階段。
ほとんど草に覆われており、登った先も藪になっているが、恐らくこの上に砲台があったのだろう。

これは北側への通路。扉で閉ざされているが、ここは後から上から回り込むことになる。

果たしてこのエリアで何が行われていたのかは、何の情報もなく、友ヶ島の七不思議とされている。

石造りではあるが関西大震災の影響もあってか、崩壊も激しい。
やはりシソの葉が生えている。


にほんブログ村廃墟ランギング参加中 他の廃墟ブロクも見れます。
■廃墟>>白石鉱山


倉庫的に使われていたようである。
土砂が積まれているが、過去の写真を見ると、このような土砂はないので、後に何らかの事情で持ち込まれたものと思われる。
最近起きたという火事の焼け跡の可能性もある。

営業当時は配送用トラックなどが並んでいたのだろう。

最初の地図で示している⑩と⑪に相当すると思われる。

机があり、引き出しも開いた状態で放置されているが、役立ちそうなものは何もなかった。

守衛的な人がいた場所だろうか。

「バルブが壊れてるじゃないか。ああ、こっちにあるスパナじゃサイズが合うのがないから、ちょっと守衛ところに行って借りてきてくれ」
そんな感じだったのだろう。
にほんブログ村廃墟ランギング参加中 他の廃墟ブロクも見れます。
| <前 | 211~215 /339 | 次> |






